ホテルのロビーピアニスト体験記
プロミュージシャンへの道のり、ピアノ弾き語りの魅力、ホテルのロビーピアニストとは、東南アジアへ演奏旅行について紹介します。

ピアノ弾き語りの魅力

2012/12/13

ドラムの仕事は絶好調から奈落の底へと転落していきます。横浜の将校クラブでの仕事は、他のプロダクションに取られてしまい職を失ってしまうのです。

やがて銀座の生バンドになり、更に小田原の地方プロダクションに移り、箱根へと落ちていきます。箱根では宴会用の3人バンドで、スネアドラムだけを持って宴会を回ります。演奏はいつも同じで、チャンチキおけさ、湯の町エレジー、旅姿三人男の三曲です。給料は月額1万5千円で一般の給料の五分の一、食事は付きますが大部屋住まいになります。横須賀の将校クラブとは天と地ほどの差があります。

堕落して自分を見失いかけた頃に、同じプロダクションのピアニストと出会ったのです。ピアニストと言えば女性を連想しますが、男性が多数所属していました。ローカルのプロダクションでも、ピアニストは別格に扱われていました。ホテルのラウンジや高級クラブのピアニストとして優遇されていたのです。

私は「ドラムは1人で仕事はできないけど、ピアノならば1人で仕事ができる」と直感しました。プロダクションに於いてあるボロいピアノを貸してもらい、教則本の1から勉強を始めました。ピアノを練習していると、子供でも大人でも、そしてプロでも、鍵盤は誰が押しても同じ音がするけど、押し方によって音色が違う事に気が付いたのです。つまり、ピアノのテクニックで対抗するのではなくピアノの音色に感情と表現力を与える、自己流の弾き方を修得しようと考えたのです。メロディーの1音1音に感情を込めて、楽曲の鼓動や体温、そして匂いまでも表現するのです。

自分の方向性が見えると、レパートリーが格段に広がっていきます。私の練習を聞いていたマネージャーから呼び出され、クラブの弾き語りを依頼されたのです。初めてのクラブ演奏は、ゴージャスな造りで有名な小田原の高級クラブでした。真っ白なグランドピアノが中央に置いてあり、ピアノの上には大きな花束が飾ってあります。

ピアノの実演は初めてでしたが、震える事も無く落ち着いて演奏ができました。スタンダード、ジャズ、ポップス、ラテン、ボサノバ等、将校クラブの演奏が役に立っています。しかし、暫くするとお客様がステージに上がってきたのです。「先生、命のブルースを弾いてくれない」と言いながらマイクを持ちます。え?唄の伴奏なんかした事ないし、何も聞いてないよ・・と考える間もなく唄本を渡されました。

結局、楽譜を見て初見で弾きましたが、緊張してお腹が痛くなってしまいました。シャツは冷や汗でビショビショです。お客さんは歌い終わると、ポケットにチップを入れてくれました。何と1万円札でした。

翌日から、欲に目が眩んで唄の伴奏が主流になっていきます。あああ・・また密の味を覚えてしまいました。きっとしっぺ返しがあります。

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ライタープロフィール

Jack天野/男性/年齢:50代/セブ島在住/13歳より横須賀の将校クラブでドラマーデビュー、20歳でハモンドオルガン奏者、その後ピアノの弾き語りとしてファイアットリージェンシーと契約し東南アジア各国のホテルロービーピアニストを務めました。ちょっとマイナーな部分も含めて、楽しい記事を書きたいと思います。宜しくお願いします。