整体師の学校体験記
「整体師の学校ではどのようなことを学ぶのか」「認定書を取得する試験について」など整体の学校に関する体験談を紹介します。

解剖についてどのようなことを学ぶのか?

2012/03/01

解剖とは、生き物を生体とならしめている仕組みを学ぶ学問と言ってよいかと思います。小学生の頃、理科の授業でカエルのお腹をハサミで切り開き、その中がどうなっているのかを見せられたなんて経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。あれは、ただカエルをイジメテいたわけではなく、あれと同じように人間であるボクたちにも、生きるために日々働いている内蔵があるのだよと教えているものなのです。つまり、整体における解剖学とは、生物である人間の組織や器官などが、体のどこにあって、それらがどんなふうに結びついて、一個の人間の命を支えているのかを学ぶものなのです。およそ人の体に携わる職業につく人にとっては、その人の体の内部のことを知らずにいては成り立つものではありません。

どちらかというと、施術の方法、やり方に重点を置かれる整体というものであっても、解剖学の基礎的な知識は当然なくてはならず、それはどの整体の学校ででも勉強させられるものだと思っております。さて、たとえ医師のように深い知識までは必要なくとも、いったん人の体の内部のことを学ぶと、その構造と配置と相互的な役割の巧みさに、人というものに対する認識が大きく変わる場合があります。要するに、人間とはいかに神秘的なものであったのかと再認識させられるのです。こんな不可思議なものを、いったい誰が作ったのかと思わざるを得ないのです。もちろんキリスト教の方であれば、"神様がお造りになった"とおっしゃるのでしょう。

万物を創造なさったのだから、その中に人間もいるのだと主張なさる。たぶん、人間を含めた命というものの崇高さ、神秘さを思えば、あるいはそんなこともあるのかもしれません。しかし、また一方で、人間の想像力の豊かさを思えば、神が人間を造ったのではなく、人間のその想像力が神という存在を造りだしたのではとも思われるのです。いかにその大元は分からずとも、ボクという人間をこの世に送り出したのは、父であり母であります。父も母も、そのまた先祖たちも、ボク同様、父と母によって造り出されたのであって、決して神様ではないのです。要するに、人の体の内部の美しさというものを目の当たりにすると、最も気高く崇高で尊貴なものは、実は人間それ自体なのだと思わされてならないのです。

関連記事
ライタープロフィール

ガクドウさん/男性/年齢:50代/横浜市在住、サラリーマン時代から、文章を書く仕事に携わっていた関係から、現在はライターを職とするようになりました。人からちょっと変っていると言われますが、その分、ちょっと違った角度から物を書くことが出来ると思っております。よろしくお願いします。/ブログ