地方紙の連載体験記
「地方紙の連載で大変だったこと」「失敗談」「どのようなペースで書いたのか?」など地方紙の連載体験記を紹介します。

どのようにして地方紙の連載に至ったのか

2012/01/11

新聞には必ず読者からの意見を募るコーナーがあります。その読者欄は常に人気があり、応募者もかなり多いということです。私の文章が初めて紙面に掲載されたのも、そんな読者欄でした。そしてその読者欄に文章を投稿する人はいつも決まった人たちでした。

いつしかその人たちと連絡を取り合うようになり、サークルができました。文章を書くことが好きな人たちの集まりで、散文を書く人がいれば詩を書く人もいました。毎月例会を開いてお互いの文章を批評し合いました。

紙面に文章を投稿して掲載されると、新聞社から謝礼の様なものが送られてきました。それは図書券だったりギフト券だったりしました。文章を書いた対価として何かを頂けるということは、その文章にそれだけの価値があるということの証明です。私はそれが嬉しくて書き続けていました。

そしてある日突然、新聞社から私の家に電話がかかってきました。文章を投稿する際には必ず新聞社に連絡先を知らせていましたが、それは謝礼の品物を自宅に送付してくるためのものでした。だから新聞社から、直接自宅に電話が入るとは思ってもいませんでした。

毎週水曜日の紙面に、コラムが掲載されていることは早くから知っていました。県内各地域の5人がそのコラムを執筆していて、私も楽しみにして読んでいました。しかし私は読者欄に投稿することしか考えたことがなく、コラムを書くのは別世界の人たちなのだと思っていました。

新聞社からの電話はそのコラム欄のことで、5年間続いた執筆者を一新したいのだという内容でした。会議を開き色々な人を検討した結果、私もその候補の1人に上がったのだということでした。

各地域の代表という形にしたいので是非参加してほしいといわれて、私は即座に了承の返事をしました。しばらくすると嬉しさとともに漠然とした不安が湧き上がってきました。

私は過去1ヵ月分の新聞を取り出してきて、コラム欄のページを開きました。それまでは単なる読者だった文章を必死で読み始めました。

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ライタープロフィール

キイチロウ/男性/50代/福井県在住/ごく普通の仕事をしていて、ごく普通の考え方をする、ごく普通の趣味を持った、ごく普通の外見の人間です。ただ他の人よりも少しだけ、人間ウォッチングに優れていると自分では思っています。