トロピカル・タイム〜南太平洋航海記〜
ニュージーランドからヨットで南太平洋をクルージング。4年間の南太平洋航海記

200年も鎖国してたの?

2010/11/26

2004年12月〜2005年4月
ヨットはいったん外洋に出るとノンストップで走り続けます。ひたすら目的地に向けて、24時間休みなく走り続けるのです。

「夜になったら、ヨットを停止させて寝ているの?」と質問されることがよくありますが、そうではなく船員が複数いる場合、交代しながら誰かが常に操船しています。そうやって船が変な方向に進んでしまうことや障害物に衝突すること避けるように見張っているのです。

では、単独の場合はというと、近代的なヨットの場合は障害物を察知して知らせてくれるレーダーを積んでいます。それがない場合、水平線に現れた船がどのくらいで自分の位置まで接近するかを測量しておき、その間休息を取るのです。また、タンカーなどの大型船舶にはまずレーダーが積んであるので、相手側によけてもらうことだけを期待している人もいるようです。もっとも、広い太平洋なんかでは、ほとんどまったくほかの船と出会うことはないのですが。

そんなこんなで美しいトンガを離れたわたしたちは、またサイクロンを避けてニュージーランドに戻って来ました。

ニュージーランドに戻ったわたしたちは、夏の時期の多くをグレートバリア島というところで過ごしました。ここには、洗濯ができる(手洗いですが)水場と薪をくべて炊くお風呂、そしてキャンプファイヤができる場所があるのでとっても快適なのです。 ほかのヨットの人々も同じような気持ちであるようで、たくさんの人が集まります。いろんな国の人たちと交流が持てるのも嬉しいことです。

そこで、オランダから来たという19歳の兄ちゃんと話をする機会がありました。

「日本のこと、まったく知らないんだよ」と彼。
「そうだね、わたしもオランダは知らない。風車とチューリップ?(芸者とサムライのような感覚・・・)」とわたし。

すると、おもむろに彼がいいました。 「あっ!ドラゴンボールZ!あれって日本だよね。子どものころにテレビで見たよ。でもお母さんが暴力的だから見ちゃだめっていって、弟とこっそり隠れて見てたんだ」

なるほど、日本のアニメはずいぶん遠くまで浸透しているものです。少年漫画を一切見たことのないわたしに、彼はいろいろとキャラクターの説明をしてくれました。

ちなみに、外国で「日本といえば」と質問すると若者からは「ニンテンドー」という答えが圧倒的に多くかえってきます。やや年配になると「トヨタ、スバル、ホンダ」と車メーカーの名前があがるようです。

では、日本人で知っている名前はと聞いても、ほとんどの人の口から名前が出てきません。じゃ「ヨーコ・オノは知ってる?」と逆に尋ねると、「知ってるよ、もちろん」と。ヨーコ・オノさまは日本人というより、その名前だけで世に知られている人なのでしょう。

アニメ話を聞き流しつつ、ふと脳裏にひらめいたのがオランダと日本の関係でした。そういえば、日本が鎖国していた時代もオランダだけは入国してたはず。蘭学とか、オランダの医学などもいっぱい吸収していたような。アメリカがやってくるまでのオランダと日本の関係はかなり親密だったはずです。

それを兄ちゃんに話してみると、全然知らないって。第一に、鎖国って何?といわれてしまいました。

鎖国ってのは、200年くらい国を立ち入り禁止にしたんだよ、でもオランダとは外交があったんだよと伝えると、ずいぶん驚いていました。日本が鎖国していたことは、よほど日本通でないと知らないことらしく、ほとんどの人にかなり驚かれます。けれど、日本史なんてちんぷんかんぷんなわたしには、「どうして、その理由は?誰が決めたの?その間どうやって暮らしてたの?」などの質問にはちっとも答えられないのですが・・・。

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ライタープロフィール

山下なおこさん/女性/年齢:30代/ニュージーランド滞在(16年以上)、自然と素朴な料理が好きな女性です。