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大阪/阿倍王子神社 平安時代から熊野古道沿いにある

2013/02/17

生國魂神社の正面

生國魂神社の正面

生國魂神社の境内にある米澤彦八の碑

生國魂神社の境内にある米澤彦八の碑

先に、安倍晴明神社が大阪にある、ということを記事で紹介しました。平安時代の陰陽師として名をはせた安倍晴明の生誕の地だと伝わる安倍晴明神社は、この近くにある阿倍王子神社の末社にあたります。実は、阿倍王子神社のほうも由緒ある神社です。

大阪阿倍野区にある阿倍王子神社は、こじんまりとした安倍晴明神社と比べるとやや大きい神社でした。ここも、天王寺から阪堺電車に乗って行くことができ、歩いても20分ほどでしょうか。大通りに面しているのですぐわかりました。

境内は、ややうっそうとした木々に囲まれ、本殿もなかなか立派。百度石もありました。

その境内にあった案内板によると、ここ阿倍野はもともと、古代の豪族だった阿倍氏が、奈良時代に起きた大化の改新の時に来て住むようになり、氏神の阿倍社と氏寺として阿倍寺千軒坊と伝わる大寺を建立したとのこと。そして、平安時代初期、和歌山県の熊野神社への参拝、今もある"熊野詣"が盛んになり、ちょうどこの地が熊野に続く街道に面していたのもあって、阿倍王子神社ができたそうです。

また、『摂州東成郡阿倍権現縁記』によると、仁徳天皇が夢の中で、熊野三山の使いである3つ足の烏が現れ、仁徳天皇がそれを探すように命じると、この地の阿倍島、当時は島があったといわれる場所にいたため、神社を創建したという言い伝えもあります。

一方、安倍晴明が誕生したのが平安時代中期。さらに、謡曲「松虫」で有名な松虫塚も近くにあります。南北朝時代には、阿倍野は古戦場にもなったとのこと。とても由緒ある土地、そして神社だということがよくわかります。

阿倍王子神社の阿倍は、阿部氏、阿倍野から来ているだろうなというのはすぐ想像できますが、では"王子"はどういう意味かというと、かつて阿倍王子神社は「安倍野王子」といわれ、熊野神社の分霊社だった九十九王子の1つとされていました。ほかにも○○王子という名称は、熊野古道沿いに今でもたくさん残っています。

阿倍王子神社

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ライタープロフィール

AKIさん/女性/年齢:30代/大阪府在住、自己紹介:日本と世界を旅しています。好きなモノは、ご当地グルメ・スポーツ観戦・空港・鉄道・歴史・温泉など。大きめのバイクにも乗ります。海外のサーキット行脚もライフワーク。