シャーロック・ホームズをめぐる旅
ホームズがいた街ってどんなところ?ホームズについての面白い話を紹介します。

イースト・エンドの「切り裂きジャック」はすぐ近くに

2010/09/21

ホームズの時代、ロンドンはシティを境に、ざっくりいって、東側(イースト・エンド)は下層階級の町、西側(ウエスト・エンド)は中流から上流階級の町と、くっきりと色分けされていました。

ホームズの舞台は、もっぱらウエスト・エンド。依頼人はすべからくそちらの世界の住人だし、もともと書き手も読み手もご同様なので、無理からぬことではありますが。「唇のねじれた男」の、郊外の閑静な住宅街に住むセントクレア夫人などは、ロンドン・ブリッジの東(シティとイースト・エンドの境界線のあたり)でさえ、「ああいうところを歩くのはいやだったから」というぐらいの「壁」がありました。

「六つのナポレオン胸像」の主な舞台が、ホームズものではめずらしくイースト・エンド。レストレイブ警部から持ち込まれた事件だからでしょう。向かうのは、「ステップニー区のチャーチ街のゲルダー商会」です。

ステップニーとは、コマーシャル・ロードとマイル・エンド・ロードに囲まれた一帯。同じ時代に、あの「切り裂きジャック」が闇に消えた、ホワイト・チャペルのすぐとなりです。そのチャーチ街を形容してワトソンいわく、「ヨーロッパの屑どもでむんむんとして悪臭を放つ棟割長屋の……」と、今なら「小説とはいえ、人権問題だ」と突き上げを食いかねない書き方です。なので、チャーチ街はむろん架空のストリート。

現在のイースト・エンドは、それはたしかに「高級な」と形容するのは難しいけれど、フツーの住宅街やビジネス街ではあります。ただし、女性ひとりで入るには、ちょっと勇気のいるようなパブもあります。外国人観光客で、わざわざこのあたりに立ち寄るのは、「切り裂きジャック」マニアぐらいのもの。パブの常連さんたちの、「見慣れないアジア人のねーちゃん」を見る目つきに、ちょいとたじろいだりするのです。

もっとも、ホームズはもちろん、イースト・エンドにもすんなりなじめる人だったはず。このあたりのアヘン窟だって、「常連」になれるのですから。なのにどうして、レストレイブ警部は、「切り裂きジャック」事件の捜査をホームズに持ち込まなかったのか……。

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ライタープロフィール

オオタクーミンさん/女性/東京在住、もしかして「鉄子」と「歴女」のさきがけだったのかも知れない、ぎりぎりアラフォー世代のライターです。小さいころから、愛読書の1つが時刻表で、プライベートの国内旅行には、たとえ北海道を旅するのにも、飛行機を使うなんてことは、はじめから考えない、まったく日航を応援してない日本人です。