心に残る一冊
お気に入りの世界観、人生を変えた一冊、何度も読み返してしまう本を紹介します。

奥田英朗さんの本・騒動を巻き起こす父親に翻弄される一家「サウスバウンド」(上・下)

2021/02/08

2005年の作品。2007年に発売された角川文庫の下巻の背表紙には「大傑作ビルドゥングスロマン」と書かれています。ビルドゥングスロマンて一体どういう意味だろうと無知な私は思い調べてみると、「教養小説」ということだそうです。成長小説とも訳されることがあるそうで、つまり主人公がいろんな体験をして成長していく様を描いた小説のことのようです。確かに、この作品の主人公は小学6年生の男の子・二郎。この二郎の視点で破天荒な父親を筆頭とする家族が描かれています。

この作品に登場する父親・一郎は元過激派。日本という国が大嫌いで、今でも公安に目をつけられています。そんな父親に振り回されながら、時には疑問を持ちながらも必死でついていく家族の姿が描かれた作品です。面白いのは、二郎たち子どもが「それはヘンなんじゃないか」と思うようなことでも母親のさくらは一郎を信じて疑わない点。さくらも二郎と同じ元過激派の一員ではありますが、母親となった今でも「一郎の信念は自分の信念」というような感じで一郎を全力で支えます。結婚して妻という立場になった今、自分が夫に対してこういう気持ちを持ち続けられるだろうか…と考えてしまうような人物です。

この「サウスバウンド」という作品は、家族の姿、夫婦の姿を子どもが見たありのままの形で伝える作品。家族は信頼関係で成り立っていますが、時には「間違いを正す」「自分の考えをわかってもらう」というのも大事な過程。でもこの作品の家族は、「父親(夫)を全力で信じる」ことで繋がっています。「それはちょっと…」と思うことでもとりあえず信じてみる。信じた結果ついてくるものを家族みんなで迎え入れる。そんな清々しいまでの信頼関係は、うらやましく思えるほどです。父親の(的外れかもしれない)一生懸命さと、その一生懸命さにほだされてついていく家族。それがコメディタッチで描かれ、すいすいと読める作品です。

サウスバウンド (講談社文庫)

ライタープロフィール

李内(りうち)さん/女性/年齢:30代/町田市在住/愛知県生まれ。夫と愛犬の3人暮らしのごくごく普通の主婦。仕事はサービス業。趣味は読書、料理、仕事。犬が大好きで愛犬と過ごす時間が何よりの幸せです。