- 心に残る一冊
- お気に入りの世界観、人生を変えた一冊、何度も読み返してしまう本を紹介します。
角田光代さんの本・おとうさんと娘の不器用な関係を描く「キッドナップ・ツアー」
2021/02/04
父親が失踪し、母親と2人で暮らす小学5年生のハルが主人公の児童書です。夏休みのある日、失踪していたはずの父親がハルを「ユウカイ」しに来るところから物語は始まります。キッドナップ=誘拐。というからには物騒なお話かと思いきや実はそうではありません。思春期に差し掛かったハルと不器用な父親が繰り広げるひと夏の旅の物語。「おとうさん」がハルを人質に妻である「おかあさん」に取引を持ちかけます。さまざまなところを泊まり歩くおとうさんとハル。今までよく知らなかったおとうさんの「おとうさん」ではない一面や、相変わらずな一面。さまざまなおとうさんの姿を見てハルはさまざまな感情を抱きながら、心を通わせていきます。
この作品の魅力はなんと言っても主人公のハル。小学5年生ながらとてもドライで冷めた目を持っています。自分の子ども時代を思い返してみてもそうですが、子どもは意外と冷静。大人の目を意識して無邪気なフリをすることだってあるし、言いたいことをグッと堪える瞬間もある。大人は時にそれに騙されたりするわけですが、しかしそのフリでいつも乗り切れるとは限りません。そんなリアルな子どもの姿と、「ユウカイ」という突飛な手段に出たおとうさんの姿。それが「夏」という短い季節の風景と重なり、キラキラとした儚い夢のような物語になっています。
私自身この物語に強い思い入れがあるのは、自分が母子家庭で育ったからかもしれません。小学2年生で父親と離れた私は大人になってこの本を読んだ時、ハルがうらやましくて仕方ありませんでした。自分のおとうさんも「ユウカイ」しに来てくれたら、今とは違う関係を築けたかもしれないのに。いまだにこの本を読むたびにそう思ってしまいます。
…もちろんそんな人ばかりではなく、子どもの心を思い出したい人、今現在ハル同年代の子どもたちに読んで欲しい作品です。おとうさんと娘、というより人間同士の心の交流はとても美しく、温かい気持ちを思い出させてくれると思います。
キッドナップ・ツアー (新潮文庫)
李内(りうち)さん/女性/年齢:30代/町田市在住/愛知県生まれ。夫と愛犬の3人暮らしのごくごく普通の主婦。仕事はサービス業。趣味は読書、料理、仕事。犬が大好きで愛犬と過ごす時間が何よりの幸せです。