心に残る一冊
お気に入りの世界観、人生を変えた一冊、何度も読み返してしまう本を紹介します。

長編短編それぞれにある乃南アサさんの魅力

2021/01/22

乃南アサさんは1988年に「幸福な食卓」でデビューしました。1996年に直木賞を受賞した「凍える牙」を始めとする女刑事・音道貴子シリーズなど警察を舞台にしたサスペンス作品も有名ですが、「ヴァンサンカンまでに」や「パラダイス・サーティー」といった女性の成長に焦点を当てた作品も書いています。さらに、一度失敗したけれど果敢に人生をやり直そうとする人物を主人公に、人の温かさや優しさを描いた感動作も多数あります。
幸福な食卓 (講談社文庫)
凍える牙 (新潮文庫)

また短編集も人気で、あるテーマに沿った数々の物語はスカッとするお話あり、恐怖を感じるお話ありでどれも「濃い」一冊。ちょっと奇妙な家族、歯車が狂い始めたカップル、思うようにいかない人生を送る人々。どれも日常に潜むちょっとした「ズレ」を描き、それが怖さとなって読み手に襲いかかります。自分の身にも起こり得そうなささいな出来事が、ちょっとした「ズレ」によって悪い方へと転がっていく…。その過程が淡々と描かれ、そのドライな語り口もまた怖さを引き立てています。

かと思えば「マエ持ち女二人組」シリーズでは一転、刑務所から出所した2人の女性の再生の物語を描き、その文章は温かさに満ちています。「前科」という社会における圧倒的な弱さを持つ主人公が、東京の下町でひっそりと、つまずきながらでも懸命に生きていこうとする。その姿はとてもたくましく、フィクションだとわかっていても何とか立ち直って幸せになってほしいと心から願ってしまいます。乃南アサさんの文章には、そうさせる力があるのです。

時には淡々と、時には温かく綴る乃南アサさんの物語のテーマは、常に自分と紙一重。一歩間違えば誰の身にも起こり得る、すぐ隣にあるようなお話です。だからこそのめり込み、登場人物に自分を重ねてハラハラドキドキし、時には恐怖を覚えます。普通の日常で起こる恐怖こそ、本当に怖いもの。乃南アサさんの作品の数々は、そこへ迷い込んでいかないための道標のような存在です。

ライタープロフィール

李内(りうち)さん/女性/年齢:30代/町田市在住/愛知県生まれ。夫と愛犬の3人暮らしのごくごく普通の主婦。仕事はサービス業。趣味は読書、料理、仕事。犬が大好きで愛犬と過ごす時間が何よりの幸せです。