心に残る一冊
お気に入りの世界観、人生を変えた一冊、何度も読み返してしまう本を紹介します。

強くて弱い女性の姿を映し出す、桐野夏生さんの本

2021/01/21

多くの女性主人公が登場する桐野夏生さんの作品。ここでご紹介する2作品は、桐野夏生さんの作品の中でも女性の「弱さ」「脆さ」というものが際立って描かれている作品。強いけれども実は弱い、でもとても魅力的な女性が登場する作品です。

○第121回直木賞受賞作「柔らかな頬」
1999年の作品。北海道にある知人の石山の別荘に家族で招かれた主人公カスミ。そこで長女の有香が行方不明になってしまいます。北海道は奇しくも自分の故郷。自分が故郷を捨てた過去があることから、有香も…という思いにとらわれます。しかしカスミはそれ以前から石山と不倫をし、家族を騙していたのでした。そのせいで有香はいなくなったと罪悪感に苛まれるカスミ。1人北海道に残り有香を探し続けます。そんな中、カスミに協力したいという余命わずかと宣告された元刑事が現れ、北海道中を探す日々。そしてとうとうカスミは、自分が捨てたはずの故郷に辿り着きます。「母」と「女」、そして故郷を捨てる前の「娘」だった自分。有香の失踪で自分のこれまでの人生と対峙するカスミと、まもなく人生が終わろうとしている元刑事。単なるミステリーではなく、一人の女性の激しく揺れ動く心情を描いた壮大な作品です。有香は本当に自らの意志で失踪したのか、誰かに連れ去られたのか。それを追い続ける人間の強さが描かれています。
柔らかな頬 文庫版上下巻セット (文春文庫)

○高級タワーマンションに渦巻く女の悪意を描く「ハピネス」
2013年の作品。主人公は、主婦の岩見有紗。夫は海外出張中で3歳の娘と2人で高級タワーマンションに住んでいます。しかし実は夫から離婚を迫られ、1年以上もそれに応じず音信不通の状態が続いています。そんな中で1人子育てをし、同じ年頃の子供を持つママ友との関係に四苦八苦する毎日。高級タワーマンションというしがらみだらけの空間の中で、有紗の周りの人間関係はどんどん軋んでいきます。外から見る華やかさとは正反対の悪意に満ちた環境、それに夫との関係。有紗の結論はどこにあるのか。タワーマンションの住人たち、夫、それに自分の過去。そのすべてにひたむきに向き合おうとする女性の姿がテンポ良く描かれ、桐野夏生さんの小説初心者の方におすすめしたい作品です。
ハピネス (光文社文庫)

ライタープロフィール

李内(りうち)さん/女性/年齢:30代/町田市在住/愛知県生まれ。夫と愛犬の3人暮らしのごくごく普通の主婦。仕事はサービス業。趣味は読書、料理、仕事。犬が大好きで愛犬と過ごす時間が何よりの幸せです。