人生最悪の瞬間
今まで生きてきた中で最悪だったときはどんなとき?人生最悪の瞬間を紹介します。

チャリと男と私と客と

2011/04/26

その日は暖かい陽気の祝日だった。私はいつもより早めに出かける支度をしていた。その時、1本の電話が鳴った。知らない携帯番号からだ。出てみると「〇〇さんですか?あのですね〜」と、その見知らぬ男性が喋りだした。彼が言うにはこうだ。うちの次男が、その男性の車に自転車をぶつけてしまった。とにかくお話できませんかと。私は慌ててその場所に走った。うちから激近のコンビニ駐車場。

息子は青ざめた顔で佇んでいた。その横にタバコを吸った男性。なんか印象悪っ。短パン姿。お前は勝俣か。と、とりあえず心で突っ込んだ。

次男には怪我はないとのこと報告を受けていたので、ことの詳細を聞いた。

どうやら息子は駐車場に自転車を置いていて、その横に男性の車が駐車されたそうだ。その日は結構風が強く、自転車は見事に車に倒れかかった。どれほどのキズかと思い見てみると、声には出さなかったが正直「こんくらいでわ〜わ〜言って、小っちゃい男だわ」と思った。私が彼なら、気にせず帰ったはずだ。それは、男と女の車に対する価値観の違いなのだろうけど。

その男性「古い車だけど、自分にとっては大事なんだよね〜」と言い出した。要するに弁償しろということなのだ。そう言われてしまえばイヤとは言えない。悪気はないといえ、ぶつかったのは事実。

その場で「私が修理代を払います」と書かされた。コンビニの領収書で。自然と手が震えた。ていうか、こういう時の一連の流れがやたらスムーズだ、この人。事故処理とか慣れてんのかしら。慣れてるのもどうかと思うけど。

知り合いの修理工場に頼むとのこと、その後何度か電話でやりとりをし、いくらかかるのでいつ振り込んでくれるのかと言われた。月々払いはできるか聞いたけど、無理だった。一括だそうだ。そうかそうか。ならば、泣き落としで攻めてみようかと、ためしに「うち母子家庭なんです」と言った。跳ね返された。あえなく玉砕。融通きかないものなのか。仕方がない。

息子は当日、終始青ざめていて「お金がない時に困った」と話すと、自分が長い間かけて通帳に貯金していたお金で払うと言った。とりあえず、あとで返すからという条件で、彼のお年玉貯金で支払った。

親子ともどもしばらくの間、落ち込んでいた。

私は接客業(ホステス)をしている。あれから少し経った頃のこと。その日はたまたま私の担当のお客様がいらしていて、カウンターの中で接客をしていた。そこに2人組の男性がご来店。1人、とても見知った顔があった。わりと最近合ったはずだ。

酔って頭が鈍くなっていたが、フル回転。そこで思い出した。あの男だ。車の件で大変お世話になった、あの男じゃないか。

そこでタイミング悪く、それまで目の前で飲んでいたお客様が「帰る」と言い出した。これはやばい!彼が帰れば必然的にあの男の席に着かなきゃならないはずだ。と、そこは非常に速い回転で頭がまわる。

私はとっさにお客様に事情をこっそり話した。この間話した例の男が来てると。まさかこんなところで合うとはね〜。

私はなるべくそちらを見ないようにしていたけど、向こうは気づくはずだ。何せ目と鼻の先。自然と向こうの会話が耳に入ってくるのも仕方がない。どうやらその人、高級品がお好みだそうで、いつぞやは〇万円もする品を購入したなど、そんなような話をしていた。私は担当のお客様に向かって

「む、息子のお金、しゅ、修理に使わず、そ、それに、つぎ込んでやいないだろうね」

と、憤りを隠せず歯を食いしばりながら喋った。その時の私、かなり鬼の形相だったそう。あとからお客様から聞いた話。

そしてその男は楽しそうに帰っていった。「それにしても、私のこと気づいてたはずだよね?あの人、そういうそぶりも見せなかったけど。」

そうお客様に言ったら

「その時スッピンだったから、お前に気づかないんじゃないのか」と言われた。

その台詞を聞いた瞬間「最悪」と真剣に思った。
お客様。あなたが一番失礼です。

ライタープロフィール

アールさん/女性/年齢:30代/北海道函館市在住/中学生の男の子2人をもつシングルマザーです。ホステスとして働いていますが、空いた時間は趣味のオークションで出品作業。好きなことは読書と音楽・映画鑑賞。ただ、今はちょっとその時間が取れないのが残念。食べて飲んで寝ることが今の楽しみで、それがストレス解消にも。それでも疲れが著しい時は、椎名林檎さんのCDやDVDで英気を養います。