感動した話
思い出すとジーンとくる…感動した話を紹介します。

ダイエットは誰のために

2011/09/16

私と同じ職場に、高校を卒業したばかりの男性が入ってきました。車いすの両輪を自分で回しながら部屋の中に入ってくると、「よろしくお願いします」と挨拶をしました。

男性は、生まれすぐに小児麻痺になったということでした。何度も手術をして、何とか両手だけは使えるようになったのだということでした。とても性格の良い明るい子で、すぐに職場にとけ込みました。

男性は毎日、お父さんに車で送り迎えをしてもらっていました。車の助手席から、車いすに乗り換えるときには、お父さんに抱えられて移動していました。

男性は、とてもよく話をしました。自分のことや、両親のことなど、訊けば何でも答えてくれました。まだ若いだけあって昼食のお弁当はとても大きく、肉類が中心でした。

「最近、太り気味じゃないのか」少しぽっちゃりとしてきた男性を見て、私は冗談っぽくいいました。「嘘でしょう」といって笑う男性は、そんなことなど少しも気にしていない様子でした。

それから数カ月が過ぎた、ある日の昼食時のことでした。どういうわけか、弁当を広げたまま、男性は黙っていました。食べるでもなく、喋るでもなく、ただじっと弁当箱を見つめていました。

「どうした、食べないのか?」と言った私に、「ぎっくり腰になったんです」と男性は言いました。「誰が?」「父です」男性は、まっさらの弁当箱に蓋をしました。そしてそれを、バッグの中にしまい込みました。

私は、すぐには全てを理解できませんでした。しかし男性がお父さに抱えられて車から降りていたのを思い出して、はっ、としました。

「僕が太ったから、ぎっくり腰になったんです」「それは違うぞ」即座に私はいいました。何の確信もなかったのに、そういってしまいました。

「食べないと、ご両親も心配するぞ」「そうでしょうか」少し考えてから、男性は、弁当箱をまた取り出しました。「じゃあ半分だけ食べます。あと半分は時間がなかったことにしておいてもらえませんか?」と、言いました。

「わかった」そう答えて、私は男性をみました。一口、一口、噛みしめるようにして、男性は弁当を食べていました。

ライタープロフィール

キイチロウ/男性/50代/福井県在住/ごく普通の仕事をしていて、ごく普通の考え方をする、ごく普通の趣味を持った、ごく普通の外見の人間です。ただ他の人よりも少しだけ、人間ウォッチングに優れていると自分では思っています。