シンガポールってどんな所?
「観光での楽しみ方」「人との接し方」「食べ物の楽しみ方」「危険の回避の仕方」「現地の気候について」などシンガポールの様子を紹介します。

シンガポールの歴史をマスター!〜日本とシンガポールの関係性

2018/02/16

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ンガポールにまだ行った事のない人は、シンガポールとはどのような国か今一つわからないでしょう。シンガポールは東南アジアの一つですが、実際行ってみるとヨーロッパ人もいますし、日本人のように黄色人種もたくさんいます。そのためシンガポールに統一性がなく、今一つどんな国家なのかピンと来ない人もいるのでは?私も昔そうでした。しかし実はシンガポールの歴史は日本人とも関わりがあったのです!いったいどのような関わりがあったのでしょうか?そこで今回は、シンガポールがどのような国なのか、その歴史背景や文化についてご紹介していきます。ぜひご参考にしてみてください。

シンガポールはもともとマレー人の土地だった!
シンガポールはマレー半島の先端にある小さな島で、もともとマレー人の住んでいる土地でした。マレー人はおよそ130人、中国人20人が漁業を営む地域で、周りはジャングルでした。

イギリスの植民地にされるシンガポール
1819年には当時東インド会社で働いていたラッフルズがシンガポールを貿易拠点にしようとして上陸し、これをきっかけにシンガポールは英国植民地となります。ラッフルズは貿易独占権を持っていたので、必要であれば軍隊を出動させる事も可能でした。ラッフルズは、これまでジャングルばかりで遅れていたシンガポールを近代国家へと作り変えていったのです!そしてラッフルズは後に「シンガポール建設の父」と呼ばれるようになり、銅像も建てられてシンガポールの歴史上、重要人物として位置づけられるようになります。(ラッフルズホテルや銅像がこれを象徴しています)英国の支配はその後、1942年に日本軍が侵入するまで続きました。

日本とシンガポールにも深い関わりがあった!
第二次世界大戦終盤の1942年、日本軍はシンガポールを占領し、およそ3年半、シンガポールを統治してきました。当時シンガポールは日本人たちに「昭南島」と呼ばれていて、 日本はシンガポールに日本語や日本文化を浸透させようと、学校でも日本語を教え、昭南神社を建設しました。シンガポールの住民を監視するために密告制度も導入し、反逆者を洗いだそうとします。食料は戦争中だったので不足しがちでしたし、日本があまりにもシンガポールの住民たちを厳しく取り締まったため、シンガポール人は反発し、マレーシアに逃げこんだ住人もいました。日本軍がシンガポールを独占していた期間はおよそ3年8カ月だけでしたが、その厳しい管理にはシンガポール人も抵抗を見せ、だんだんとシンガポール独自の国家が出来上がってきたわけです。

終わりに…
シンガポールがイギリス植民地だったというのは結構有名な話ですが、日本も占領していた時期があるとは、知らなかった方も多いのでは?実際私も知りませんでした。しかもそんなに当時の日本がシンガポール人を厳しく取り締まっていたとは…!シンガポールの歴史を学ぶ上で重要な部分です。勉強になりましたね。

関連記事
ライタープロフィール

レイさん/女性/年齢:30代/東京都在住/3度の飯よりコーヒーが好き。

Facebook、Twitterで新着情報をお届けします。

facebook HOSIGOtwitter HOSIGO