私の生きるとは
生きるとは?…生きることについて、みんなの思いを紹介します。

世の中、何が起こるか分からないものです

2010/12/13

大学を卒業して働き出しはしたものの、サービス残業は当たり前、恋人との仲は悪くなっていくばかりの毎日に疲れ果てていました。憧れの職種につけたにも関わらず、ちっとも楽しくない日々の中、上司の発したひとことにキレて(今では何といわれたかなんて、まったく記憶にないけれど)辞表を出したのでした。

そして、ほんのはずみで海外に長期で滞在できる方法があることを知って、ニュージーランド行きを決意したのでした。

思えば、何も考えず、その瞬間の感情に任せて「辞めます!」宣言をして、そそくさとニュージーランド行きのビザの申請をし、ひとり暮らしの部屋を引き払って、飛行機に乗って・・・その間3カ月弱、これが日本とのお別れになろうとはその当時考えてもいないことでした。ほんと、世の中、何が起こるか分からないものです。

まったく計画を立てずにニュージーランドに来てしまった私は、わずかな貯金を切り崩しながら、国内旅行を楽しんでおりました。でも、ほんの2か月もしないうちに、すぐに金欠、気晴らしもできたし「帰るか〜」という気持ちでいたのです。

ただ、一応はニュージーランドでも職探しをしており、履歴書はばらまいておりました。律義な性格なので、面接してくれた職場に「帰ります」の報告をしておこうと立ち寄ったら、あっさり「アナタ、サイヨウ」と。ほんと、世の中、不思議な縁があるものです。

けれど、まとまったお金はなく部屋を借りることができなかったわたしは、安宿の相部屋から出勤しておりました。若さというのはすばらしいもので、相部屋の不快さなどはみじんも感じず、むしろ毎日パーティ気分、知らない世界各国のたくさんの旅行者と、毎晩食事に飲みにとお祭り気分の日々を満喫しておりました。

そんな安宿の毎晩のお祭りに外部から参加してきた若者がおりました。宿なので、宿泊客は外国人だらけなのですが、彼は珍しくニュージーランド人でした。その安宿で友人が働いていて、「おもしろいから来てみなよ」と誘われたということでした。

そして、数日後。安宿で働いている彼の友人が、ニヤニヤしながら私に耳打ちしたのです。

「彼、君と結婚したいらしいよ」

・・・・?結婚?何で?だいいち、彼は誰?

そうなのです。その時点で2度ほど同じパーティらしきものに同席して、その都度名前も絶対に聞いているはずなのに、まったく覚えていなかったのです。日本にいた時、外国人への興味がゼロだった私は、外国の名前はさっぱり記憶に残らなくて・・・。しかし、相手のほうにしてみれば、唯一のアジア人である私は記憶に残ったのでしょう。

3度目にあった時に、とりあえず名前を聞くことにしました。そして、「で、私と結婚したいの?」と率直に尋ねてみたのです。

すると、キラキラ輝く瞳で「うん」という返事が。

ちょっと頭おかしいんじゃないの?と思いましたが、それを伝えるだけの語学力はありませんでしたし、とりあえず「ふうん」と聞き流すことにしたのです。

ところが、その翌日から毎日電話が鳴り響き、職場にはこまめに登場するし、留守部屋には花が届いているなんて毎日が続いたのです。

なんて情熱的でロマンチック!

・・・とはならず、「うっとうしい!!!!」と思ったわたしは、「彼氏はいらないから、結婚もしないから」と彼をフッたのでした。

フッた直後は清々して、「よくいえた!」と自分をほめてあげたい気持ちでいっぱいでしたが、すぐに何だか、ものさびしさに襲われたのでした。電話もならなければ、お花もない。

ひょっとしたら、大きな間違いをしたのでは・・・。

そんな時、私たちの行方を、そばでゴシップ週刊誌を読むように観察していた上司が、そわそわしているわたしに向かって「早退していいから、あやまって来なさい」とあきれ顔でいったのです。

「でも・・・」と踏ん切りのつかない私に、「じゃ、ここから電話しなさい」となかば強制的に受話器を握らされたのでした。

なんていったらよいのかわからなかった私は、「ごめん、こないだいったことはみんな嘘」と電話で彼に伝えたのでした。すっかり浮かれた彼は、「私の気が変わらないうちに」と、あれよあれよという間にほんとに結婚してしまったのでした。

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ライタープロフィール

山下なおこさん/女性/年齢:30代/ニュージーランド滞在(16年以上)、自然と素朴な料理が好きな女性です。